【超オススメ】たった2枚で消えていってしまった幻のスリー・ピース・バンド「コリジョン」

CHAINS / COLLISION (1992)

音楽という表現手段の価値は何をもって定義されるんでしょう。

筆者は音楽ファンを自認して随分と時が経りますけど(忌々しい現実)、幾度となくこの問いの答えを求め思考し、諦めてきました。

残酷な時代の評価

楽曲の商業的価値のみをもって評価するのは簡単で、単純に何枚売れたかという物差しを持ち出せばいいだけの話ですよね。

確かに売れる事は作曲者たちの励みとなるでしょうし、糧を得る事で再び作曲が可能になるのですから、いい事尽くめだと思います。

そうは思うんですが、売り方や楽曲そのものの性質とは無関係のカオス的効果によって、何故だかたまたま売れてしまう楽曲も存在しており、しかしだからといってどういう形であれ売れた楽曲の作曲者が咎人かといえばそうではないとも思います。

それがたとえ偶然引き当てた奇跡の一撃だったとしても、作曲そのものはその時点で全くの無名行為なのですし。

では何を評価すればいいのかといえば、個人の好みや感じ方以外、信じるに足るものなど有りはしないと言いたいんです。

言いたいんですけどそんな事は元より判り切った話で、個人の感じ方だけではどうしても納得のいかない状況、というヤツがあるのだから厄介なんです。

240秒ください

筆者個人のアルアル話で恐縮ですが、どうしてこんなに素敵な楽曲や作曲者が「売れて」いないのかという疑問を持ち続けるケースが非常に多いのです。

本当に知れ渡った上で売れなかったのか。

実は知らないんじゃないのか。

知ったら好きになったんじゃないのか。

個人の感じ方や評価を他人に押し付けるなんて不粋な真似は嫌いな自分なのに、それでも形振り構わず無理矢理ヘッド・フォンを装着させて、大音量で聴かせたい楽曲が何曲もあります。

最悪、好きになれなかったのならそれは仕方の無い事だと諦めます。

でもさ、もしかしたら好きになれるかもしれないじゃん?

あなたの人生、240秒くらい僕にくれない?

筆者はこのブログで楽曲を紹介するたびに毎回そんな事を考えています。

毎回欠かさず必ずそう考えているんです。

あ、前置きに800文字も付き合わせちゃってゴメンね、本題いくね。

コリジョンという名の徒花

コリジョンというバンドはたった2枚のアルバムを発表しただけで、音楽シーンから退場してしまいました。

デビューアルバムは1992年発表、1995年に2ndアルバムを発表するも、それがラスト・アルバムとなっちゃったんです。

時はまさにグランジ・ブームの真っ最中で、ニルバーナやパールジャムなんかが売れまくっていた時代。

こんなに素敵な3ピース・バンドが、どうして受け入れられなかったのか、本当に今でも謎なんです筆者としては。

レッド・ツェッペリンのようでもあり、ギター・ソロなどはザック・ワイルドのようでもあり、ドラマーは時にトミー・リーのようなフィールがあったり、ベースはフレットレスでブリブリとうねりまくるし、もう最高なんですけど。

タラレバを語り出すとキリがないとわかりつつも、彼らのデビューがあと2年早かったら、と思わずにはいられません。■■